CLANNADは、朋也と汐の親子の物語だったんだなぁ。
そんな風に感じさせる総集編でした。
朋也が汐に語って聞かせる母親の物語。
最後に渚の声は聞こえましたけど姿は見せませんでした。
家族3人が楽しく思い出を語ることも出来た筈ですけど、そうはしなかった。
それは、やっぱり、本当は渚が居ないからなんですよね。
渚の思い出を胸に朋也と汐が2人で生きていく世界。
そんな世界があったとしても、決して不幸ではなかった。
大勢の人と絆に支えられて、思い出が人を強くする。
そんなことを強く印象付けてくれる素晴らしい総集編だったと思います。
【総評】
笑えて、泣けて、感動的で・・・素晴らしい作品だったと思います。
作品の良さは十分判っていると思いますので、最後に幻想世界の意味と、この作品の真のテーマが何だったのか考えることで総評にしたいと思います。
(これは推測と妄想です。創作物はその作者が神なのですから、その方に説明頂くのがホントはありがたいのですが・・・。)
なぜ、CLANNADにあんなにも物悲しい幻想世界が必要だったのでしょう?。
幻想世界は、汐の作った世界でした。
ですから、これは朋也の心情を表した世界ではありません。
では、汐が死んでしまった悲しみから作り出した世界でしょうか。?
いえ、短い間でしたが、汐は幸せだったハズです。
こんなに物悲しい世界にはならないと思います。
喜びの脳内麻薬で忘れそうですが、渚と汐を失った朋也は、確かに存在するのです。
CLANNADは、絶望のどん底にある朋也がある答えに辿り着くための長い旅の物語だったと言えます。
第21話 「世界の終り」
朋也にとって、渚そして汐を失ったことは、まさにサブタイ通り「世界の終り」でした。
自分と出会ったことで、渚の運命を変えてしまった。
あの時、渚に声を掛けたことが間違いの始まり。
そのことをずっと後悔していた朋也は、汐を失ったことで完全に心を閉ざしてしまったに違いありません。
「終わってしまった世界」。
幻想世界はそう呼ばれていました。
それは朋也が渚との出会いを否定してしまった世界。
生まれることができなかった汐の世界と考えられるのです。
もし、2人が出会わなければ汐は現実の世界に生まれることはありません。
この少女は、この世界から永遠に出ることはできなかったのです。
少女はガラクタを集めて人形を作ります。
それは、渚と汐を失った朋也の「光」が辿り着いた場所でした。
淋しい世界でしたが少女はガラクタ人形との暮らしを楽しんでいたようです。でも、やがて、ガラクタ人形は少女を幻想世界から連れ出そうと動き始めます。少女はそれに協力しますが、このとき既にそれが無駄なことを知っていたかもしれません。
やがて、少女が力尽きる時が来ます。
変貌する街が理由なのか、運命だったのかそれは判りません。
幻想世界が崩壊する時、少女はガラクタ人形に全てを告げます。
自分が幸せだったということを・・・。
「終わってしまった世界」
渚もこの幻想世界の悲しい物語を知っていました。
学園際の劇は冒頭しか見せてくれませんでしたが、物語の最後に幻想世界の少女は歌を歌ったことになっていたのを覚えているでしょうか。
渚が「だんご大家族」を歌ったので会場が微妙な空気になったという話がありましたが、実際、幻想世界の少女が歌ったのは本当に「だんご大家族」でした。
幻想世界が崩壊した後、朋也の光は運命の坂道に辿り着きます。
そして、そこで究極の選択を迫られます。
「もう一度、渚と汐と巡り会い、同じ運命を繰り返すか」
それとも
「渚や汐との出会いを無かったことにするか」
幻想世界の汐の想いを知った朋也に、もう迷いはありませんでした。
愛する人の死は悲しい。
でも、それを悲しむあまり出会ったことを後悔するのはもっと悲しい。
大切なのは「どんなに辛く悲しい運命が待っていようとも、渚や汐とめぐり合えた幸せを喜べる強さ」でした。
ここで、渚に声を掛ければ、この先にどんな運命が待っているか朋也は知っています。
この先の悲しい未来を承知した上で朋也は渚の名前を叫んでいるのです。
誰にでも、いつかは命の別れが訪れます。
例え短い時間だとしても、もう一度、幸せな時を過ごしたい。
そう思えた時、朋也は長い暗闇を抜けることが出来たのです。
幻想世界がどん底の朋也を救済する汐のメッセージであったことは間違いありません。
そして、幸せの願いが叶った甘いファンタジーに仕上げられてますけど、実は重いテーマを抱えていた作品だと感じています。
感想は人それぞれだと思いますけど、できるだけ多くの人に見てもらいたい。CLANNADは、そんな作品でした。
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